2010-11-20

chic or sick



ほんのすこし、秋をこじらせていました。

どこからか風邪をもらってきて、そうすると家のなかがしんとして、マスクごしのこほこほという咳だけが響くと自分が妙に鮮烈にそこにいてひどく面喰ってしまい、普段目を背けているようなことがいつも冷えた窓際にまとわりついて隙あらばねえねえと主張、正直困った。

でも心がねじれた理由なんていくらでもつけられるし、それが長い年月をかけてそうなってしまったものだとしたらねじれたことを認めるは自分を否定するようで躊躇ってしまうけれど、それでもきちんと客観的に自分を把握すること、簡単で難しい、けれどやはり単純なことでした。導いてくれたひと、尊敬できるひとがいること、めぐりあわせに何よりも感謝しています。

たとえば今いっしゅん左胸がちりっとしたけれどそれが肺なのか肋骨なのか胸筋なのか脂肪なのか皮膚部なのかそれとも心臓なのか自分でも不明なほど無関心、けれど、今まではなぜ痛みが走ったのかと痛みを忘れてもそればかりを追求するようなことをしていたのかもしれないなとようやく気がついたような、そんなかんじ。 なにかを探しているときはだいたい視野が狭くなっているから。

秋はからりとした空気で輪郭をみごとに際立たせる。鮮やかに、くっきりと。 まとまって飛び込んでくる紅葉はひどく鮮やかさが潜行するのに葉っぱ一枚を見上げると枯れているようにも見える。 それに秋はいつだって好きなのに短い。毎年もう行っちゃた、と肩をすくめている気がする。

そろそろ冬に追いつかれそう、なんというシック。



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