2010-11-01

elegy

秋はどこへ消えたのかと首をかしげる暇もなく寒さが露出部分を突き刺し、ぼんやりと前を歩く人の傘からこぼれた雨粒がなんともいえないネイビーの背中を流れるのを見つめ、ふいをついてきた強風に傘を持って行かれそうになり、ようやく、わたしは我に返ります、台風の上陸は間近、雨音も寒さもより一層鬼気迫る勢いで、土曜午後5時、明日は家に立てこもりを決意、指を冷やす雨が空からこぼれ続けていました。

雨音の中ベッドで寝そべりながら漫画をしこたま読もうと自堕落な計画は虚しく台風はそれた様子、くぐもった空は相変わらず晴れる気配はないのでやっぱり毛布にくるまる救いようのないわたし、思わせぶり台風フェイントくらった日曜日。

聖徳太子が雨を降らすシーンが非常に印象に残ってるは「日出処の天子」、初めて読んだのは小学生の時、あまりにもてんこもりな内容ゆえについていくのも精一杯でしたが、大人になってから読むとよりいっそう感慨深く、色々なことを考えさせてくれる物語で、絵も好き、とくに指の表情がきれい。





丑寅の方よりまうづ~と声が響き魑魅魍魎がやってくるシーンの鳥肌感もいつものことながら背筋が凍るほどの王子の頭脳明晰とそれゆえの孤独が何度読んでも溜息を洩らしてしまいます。

厩戸王子の毛人への想いも右肩上がりで、読んでるといつだって王子の味方になってしまうのは最初から変わらず、毛人だって王子のこと特別という言葉では陳腐すぎるほどな存在なはずなのにどうしてあまりにも普通な布都姫に惹かれてしまうのかとやきもきするのも常、ごろんごろんと毛布に巻かれながらもどうしてもどうにかなってほしいと一人で苦悶、いつだってどっぷりとめり込んでしまう濃ゆさ。

結末は厩戸王子の壮絶ともいえる悲劇で終焉を迎え、続編の「馬屋古女王」は王子の死から見えてくる呪われた血族の行方、欠落をかかえたそれぞれが自嘲しつつおぎなった結果ゆえ恐ろしくも切ない破滅への挽歌なのではないかと思います。 フィクションといえども歴史に忠実にもとづき、聖徳太子は実在しなかったんじゃないかという説もまた謎を深め、リアルなようで非現実な雲の上の不思議な世界。





そうこうしているうちに急激に雨は途切れないリズムで屋根を叩きだしました。

今年は春に雪が降り梅雨は少なく秋は駆け足どころじゃない早さで姿を消し、秋の夜長を妨害するのは誰と寒さに震え、日本はいつのまに四季ならぬ二季になったのか頭を悩ませながらの11月への突入です。



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