2013-08-18

「爪と目」



「爪と目」藤野可織

「あなた」は眼科で父と出会う。 「わたし」の爪と「あなた」の目も必ず出会う。 娘と継母の嫌悪と快感を斬新な語りで描く芥川賞受賞作。



見過ごせない本に出会ってしまったな、と率直に思いました。
 以下、ネタバレ含みますのでこれから読まれる方はご注意下さい。



「はじめてあなたと関係を持った日、帰り際になって父は「きみとは結婚できない」と言った。」 なんの予備知識もなく、ただ単純に芥川賞受賞作であること、タイトルで読もうと決めた本でしたが、読み初めの一文で引っかかりました。二人称視点を理解するまで少し悩む。誰があなたに語りかけているのか、誰が誰の父なのか、そしてあなたとは誰なのか? 読み進めていくうちにそれは分かるのだけれど、あなたは、あなたが、あなたより、あなたでも、あなたは、あなた、あなた、と連呼しているのでまるで自分が呼びかけられているような錯覚に陥る。感情がのっぺりとしている“あなた”はいつだって浮遊していて定まることなく、汗臭さとは無縁で無関心そのものといえる人。継母として同居し始めた“あなた”を見ている三歳の女の子の“わたし”。コンタクトがないと見えない“あなた”と裸眼でよく見える“わたし”の境界線。そして“あなた”のすべてを“わたし”は見ている。 何から何までひどく今っぽい本だなと思っています。ひねられていないタイトル、それから一文一文が短く、一定のリズムで打ち込まれるかんじ。木魚を聞いているような。本の装丁もかなり素敵。エメラルドグリーンと赤の控え目なコンビネーション。 「あなたは、まったく快楽に従順だった。」という一文。 淡々としているがゆえに際立つ精密さ。こちらを不安にさせる程の揺らぎ具合。 それからラストシーンの最後を締めくくる「あとはだいたい、おなじ。」の破滅力。 この一文が何よりも恐ろしく、けれどなぜか救われるような、凄みを含んでいました。

そもそも何を伝えたいとかどういう気持ちを読後感として与えたいとか仕組まれた小説が読みたければ過去のベストセラーや国語の教科書を読み直せばいいと思うのです。時代を切り開く人として藤野可織さんという人は注目されるべき。根っこから染み付いたセンスと空気感に脱帽しました。 藤野さんの佇まいも非常に涼やかで、「ジブリとホラーがすき」とインタビューに答えていたのもなんとなく納得。途方に暮れるような暑さの中で小説を読む体力さえ失いかけていましたが、そっと振り向かせてくれるような本でした。

センスある人が綴る言葉で操られる世界。

やっぱり小説は面白い。