2015-08-15

火花

本題に入る前に、芥川賞二作掲載なのもお得感あるのですが、密かに毎回楽しみなのは審査員による選評。なかでも大好きな山田詠美さんの選評を読むのが恒例となっています。待ちきれずに電車の中で読み始めてしまい、詠美さんの痛快なコメントが最高すぎて一人でニヤニヤしていました。
詠美さんの「火花」選評は、「ウェル・ダン。これ以上寝かせたら文学臭過多になるギリギリのところで抑えて、まさに読み頃。(中略)きっと、この作者の心身にも数多くの大事なものが吸収されているんでしょうね。」とのことで、辛口の詠美さんをここまで言わせるなんて、と期待抱きつつページをめくりました。





芸人が書く芸人の話かーというのがここまで食指動かなかった理由でもあるけれど、読み始めると「そうだ、この人相当本好きなんだった」と実感させられ、慎重で丁寧、臆病だけれど爆発しそうな何かを秘めていて、小説をというより又吉さんをすごく好きだと思いました。そうだった、太宰治が好きだったんだなというのも感じさせるほど根底に染み付いて改めて呼び覚まされているようで、芥川賞ノミネートされた日が桜桃忌であったということもなんだか単なる偶然ではないような気もしてしまうほど。
今まで本を読んできた中で、ストーリー性やその展開に度肝を抜かれるタイプの本と、「ああ、この言葉を得るために私はこの小説を読んだのか」とたった一行で骨抜きにされるタイプがあるけれど、「火花」は紛れも無く後者だった。

主人公の徳永がジェンダー云々の話をするところもいいなと思うし、読み終えて改て思うのは「えっなんで?」と不自然に思う部分がなかったこと。ものすごく緻密に積み重なった描写がそうさせるのか、すんなり受け止められた小説でした。緻密なのに変なしつこさとかなくて、めちゃくちゃ読みやすいし、それなのに濃い。
こんなに素晴らしい要素をこれでもかと詰め込んでいいのかともったいなく思うほど、どこ切り取っても心を揺さぶるなにかがある小説、これが第一作というは末恐ろしいです。

“書かずにはいられない衝動”によって生み出された独特の焦燥感、正統派な表情とギリギリの危うさのバランスにすっかり魅せられてしまいました。
芥川賞はいつも色々言われがちなポジションだけれど、私は受賞するべき作品が選ばれていると思います。




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