2017-01-01

沈黙




あけましておめでとうございます。
ジルベスターコンサート「ダッタン人の踊り」が最高のタイミングで終わった瞬間に年が開けるという今までにないほどの高揚した年越しになりました。

さて、今年の読書は「沈黙」から。

“「沈黙」は、遠藤周作が17世紀の日本の史実・歴史文書に基づいて創作した歴史小説。1966年に書き下ろされ、新潮社から出版された。江戸時代初期のキリシタン弾圧の渦中に置かれたポルトガル人の司祭を通じて、神と信仰の意義を命題に描いた。第2回谷崎潤一郎賞受賞作。この小説で遠藤が到達した「弱者の神」「同伴者イエス」という考えは、その後の『死海のほとり』『侍』『深い河』といった小説で繰り返し描かれる主題となった。世界中で13か国語に翻訳され、グレアム・グリーンをして「遠藤は20世紀のキリスト教文学で最も重要な作家である」と言わしめたのを始め、戦後日本文学の代表作として高く評価される。” (Amazonより)

去年、私の中で巻き起きた佐藤優さん大ブーム、もちろん継続しています。
「先生と私」という本の中で「沈黙」のことに触れており、たった一文でしたが非常に心を捕まれて絶対読もうと決めた本。


“能動的能力をつける場合にも、手続きがあると先生は考えた。いきなり作文をしてもよい内容にはならない。受動的能力を高めながら、徐々に能動的能力を引き出していく技法がある。その一つが、漢字練習だ。漢字練習も、漢字や熟語を単独で覚えるのではなく、文章で覚える。例えば、自己欺瞞という言葉がある。この場合、<敗北したものは、弁解するためにどんな自己欺瞞でも作りあげていくのだ>(遠藤周作『沈黙』新潮文庫、1981年190頁)というように、印象に残った文学作品や評論の文章を抜き出して覚えるのである。さらに読んだ文章の要約をすることでも受動的能力と能動的能力の双方が強化される。”(先生と私 第四章 哲学と神様より)


例えば、で取り上げる例文のインパクト。内容など知らなくても、その一文だけでなんだか絶対に読まなければいけない本なんだ...と思わされてしまう。
ゆっくりちゃんと読みたいと思っていたのでお正月まで眠らせておきました。




時代や宗教が絡むのでイメージを膨らますのが難しいかと思いきや、かなり鮮明であまりにも過酷で暗澹とした前半を越えるともう絶対に途中で読むのをやめられないほど引き込まれます。
信仰の力というものは自分の命さえも犠牲に出来るものなのか。今まで宗教というものに触れてこなかった私には特異なものにさえ映りました。
棄教したフェレイラとの会話も特に印象に残った部分。


「日本人は人間とは全く隔絶した神を考える能力をもっていない。日本人は人間を超えた存在を考える力も持っていない」
「基督教と教会とはすべての国と土地とをこえて真実です。でなければ我々の布教に何の意味があったろう」
「日本人は人間を美化したり拡張したものを神とよぶ。人間と同じ存在をもつものを神とよぶ。だがそれは教会の神ではない」


踏み絵に足をかけてしまったあとの司祭の葛藤、そして自分自信の導き方。
とにかく信仰力の強さを思い知りました。
もっと具体的に言葉にしたいと思うけれど理解しきれていない部分も多いためトンチンカンになると思うのでやめておきます。きちんと文章にならずもどかしい気持ち。とにかく考えることが山ほどあった、という陳腐な感想だけは残しておきます。

残酷さやストーリーに対して心を打たれるというのは勿論ですが、自分自身の在り方に問いかけられる、そして自分自信の虚しさや悩みの情けなさまで浮き彫りになってしまう、そして全部目の前に並べられると何故か冷静になり、もっと悩むべきことは他にあるのではないだろうか、今の考えは根本的に正しいのか、自分が信じているものは何か、そんなことを読み終わったあとしばらく呆然と考えさせられました。
きっとこの先何度も読み返すだろうし、そのたびに感じることが変化しそうな本。もっと踏み込んで理解出来るようになりたい。

2017年、良い本から始められました。





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